東天紅物語

るところに、一人のオペラ歌手がいた。

フランスでは知らぬ人がいないほどの彼は

オペラ界最高の成功者の一人とされていた。



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彼には家族はなかった。

しかし、一羽の鶏を若いころから飼っていた。

美しい声で鳴くと言うニワトリで、「東天紅」という名前だった。

鳴くことで生きる東天紅に、彼は自分の姿を重ねた。

家族として、時に自分を叱咤する相棒として、

東天紅とともにつかんだオペラ歌手の栄光であった。




張り裂けそうな観衆の拍手、郊外の豪邸…

いまや彼は名実ともに成功者であった。




学生時代からの友人である キートンが彼から相談を受けたのはそんなころであった。




「最近めっきり、東天紅が鳴かなくなった」




オペラ歌手は自分の将来の姿を重ねていた。

事実、年齢とともに彼の歌声にも陰りが見えていた。


「若い歌手には勝てない。私ももう終わりかもしれない」


歌手としての自信をすっかり失ってしまっていた。





キートンは彼の話を最後まで聞くと

庭に放し飼いにされている東天紅を眺めて言った。


「いや~ これはおいしいワインですねっ

  香っているだけで元気が湧いてくるようだ

  東天紅も、地下のワインセラーに放すといいですよっ!

  おいしいワインと食事 ありがとう」



いぶかしげにキートンをみた彼は、

相変わらずふざけた男だと思った。

しかし、ほかに取り付く島のなかった彼は

キートンの言うことに従うことにした。




◆   ◆   ◆




1ヶ月後、ふらりとあらわれたキートンにオペラ歌手は

 食い入るように問いかけた。

そこには、美しい鳴声を取り戻した東天紅の姿があった。



「お前は いったい何をしたんだ!?」



キートンは無邪気に笑って答えた。


「すごいワインセラーですね

  ほらっ こんなに声が響く

  東天紅は オス同士で鳴声を競い合う性質があるんです


 かれはここでもう一羽のオスと出会ったんです

  反響する自分の声を ライバルだと勘違いしてね


 あなたは まだ終わってなんかいませんよ」





彼は眼をむいた。

うつむいて静かに笑った。


「自分の声が …ライバルか」



顔を上げると、いつの間にかキートンは一本のビンを手にしていた。

「前飲んだワイン、たしかこれでしたよねっ」

「勝手に持っていけ!」

二人の声はワインセラーによく響いていた ★


  参考:キートン動物記 第13話より












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